静かな街

煙草を吸いながら駅へ向かう。さげすまれて肩身の狭くなった喫煙者たちがはびこる街で生まれ育った。あーいう大人にはならないんだ、と思いつつもあーいう大人になってしまった自分がいる。

派遣の仕事で垂水まで行くことになった。和食レストランのホールスタッフ。交通費には上限がある。その上限を越してまでして垂水へと向かう。

ホームのベンチで予定の列車を待つ。意味もないスマホ操作に時間を潰していた。ふと時間を見ると乗車予定だった列車が出発する時刻を過ぎていた。電光掲示板には遅延の情報などなく、おれはここでホームを間違えたことに気が付く。
時間にゆとりを持って家を出たことが功名となって、一本遅らせた列車に乗った。

三宮に着く。そのまま地下鉄へと乗り換える。
初めて乗った地下鉄で、知らない名前の駅を通り過ぎるたび、不安な気持ちになる。途中駅の確認をしていないため、目的の駅に到着するまで正しいのかどうかわからない。朝早く起きたことによる眠気には負けるまいとして、イヤホンのボリュームを上げる。
到着した駅は「学園都市」。静けさの漂う街だった。

急勾配な坂を進んでいく。神戸市立外国語大学が見えてくる。高校1年生のころに行きたかった大学。こんなところにあるなんて知らなかった。高校1年生にとっての大学なんてそんなものなんだろう。同じ駅で降りた学生らしき雰囲気を漂わせる青年たちの母校。木々が多い茂る外縁を横目にひたすらまっすぐ進んでいく。
少し進むと神戸芸術工科大学が見えてきた。こちらも木々で覆われており、キャンパス然としたキャンパスは見えない。秘匿された芸術大学に対し募る憧れの感情。何かしらを生み出す人間であれば、通ってみるのも良かったかもしれない。それは平行世界のおれに託して、あきらめを受け入れる。

片側3車線の大きな道路は、きれいに整備されている。ざらついたアスファルトと速い速度で移動する鉄の塊が織りなす不快な音色など漂う余地すらない。
ガソリンスタンドがいくつも立ち並ぶ。エネオス、出光、そして目と鼻の先に再びエネオス。ガソリンスタンドのドミナント経営を初めてみた。
その他、家電量販店や飲食チェーン店が並ぶ。どれも広大な駐車場を完備しており、田舎よりな街だと思う。

上っては下り、上っては下りを繰り返す坂の多い街。移動手段は車がメインなのだろう。人は少なく、犬の散歩をする人すらいない。この光景が午前10時であることがなんとなく信じられない。

抱いた印象はやはり静かな街だった。


和食レストランに到着して、勤務を開始する。短めの白髪に白い無精ひげの生えた小太りの店長が店の裏側で煙草を吸っている。おれは親近感を覚えた。
アルバイト風の女性がこちらへと近づいてくる。彼女も派遣でこのレストランにやってきたらしい。見た目と落ち着きと服装のラフさなどから、既婚者だろうと推測する。六甲から車でやって来たらしい。

店長にバックルームへと案内される。パソコンの大きなディスプレイの壁紙はキングダムの王騎将軍だった。おそらく画素数が低いため、将軍の全体像には乱れが見える。

黒のランチャードレスパンツと白のワイシャツで垂水まできたおれの服装をみて、今日はその服装にベストを着て働いてもらうねと店長が言う。ベストはMサイズしかなく、その小さいベストを着て、大丈夫そうですととりあえず笑ってみる。

勤務開始時間になり、ホールの女性スタッフ3人と派遣の女性と働き始める。始めに自己紹介などもした。派遣で名前を名乗るなんてのは本当に珍しい。
調理場がきれいに整えられた和食レストランにはがさつきがない。作業中の汚れは都度清潔にし、小さなゴミくずが目に入るたびゴミ箱へ捨てるような細やかさがあった。ばたばたと忙しく働きまわる中で、殺伐さは生じない。終始和やかなムードで時間が過ぎてゆく。

六甲から来た派遣の女性は妙に距離が近い。そっとおれの体に触れてきたりする。おれはそこに人の良さを感じる。そして、なんとなく居心地の悪さを覚える。

カウンター席越しに調理する店長の姿は、店の裏側で見た親近感を覚えたその姿とは違っていた。刺身包丁を握りしめ、まっすぐなまなざしで切り分ける姿に、やはり居心地の悪さを覚えてしまう。

滞りなく、大きなミスもなく仕事を終え、退勤の手続きをした後、すぐに店を後にした。駅までの途中にあるコンビニ前で煙草を吸う。時刻は15時を回り、晴れた冬の空からの日差しはすでに傾きを帯びている。長く伸びた影と日向を境にして、影側で冷たい風にさらされながら煙草を吸った。日向側には若い男がこれまた煙草を吸いながら、電話をしている。終始微笑みをたやさないその表情からは、幸福を読み取ることが出来た。かたやおれは、言うまでもない。足早に駅へと向かい、静かな街を去る。

三宮はごみごみした街だ。おれにはこっちの方がしっくりくる。
路上喫煙禁止の看板が目に映るものの、居酒屋等がだしたであろうゴミの塊などが目について、なんとなく安心する。調べた喫茶店に向かい、一服して岐路に着く。


三宮から最寄り駅までは、早起きを取り返すように眠りについた。





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